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GNNグッズ |
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2018年10月5日のクラス会で川瀬のトーチャンと久し振りにゆっくり話をしました。昔、私がもらったGNNネクタイピンの話が出ました。「まだ、持っているよ」
GNNとは義理・人情・浪花節のG・N・Nです。これが、川瀬研の教えの基本でした。管理工学科の現役時代から、IEの川瀬、問題解決の川瀬で実業界に名を売り、有名メーカーでのコンサルタントを仕事にしていました。管理工学という学問は実学ですから、大学での研究教育と企業へのコンサルタントは、何の隔たりもありません。 わかちゃんはORの関根研でしたが、BSタイヤの工場など、何度も泊りがけで社内研修を手伝いました。タイヤ製造ラインのシミュレーション・モデルを作成しました。 アメリカの有名大学では、この分野の学部や大学院の教授たちは、週に一日は企業や工場など現場に出掛けて大学にはいません。私が初めてカーネギーメロン大学のGSIA(Graduate School of Industrial Administration)へ行ったとき、つぶさにこの目で見て来ました。まだ、ジョージ・サイモン教授が健在の頃でした。1週間の研修を受けてから、ニューヨークからフィラデルフィア、ジョージア州アトランタのGeorgia Techにも回りましたが途中から川瀬のトーチャンも合流してくれました。それは、Georgia Techのレーラー教授の許に博士課程の留学していたからです。 コンサルタント業は管理退職後も続いています。その社名がGNN Inc.であります。 わかちゃんが昔、川瀬のトーチャンにもらったのは、アルミで出来たネクタイピンでした。一体、何年前のものでしょうか。70年代くらいでしょうか。 そうしたら、川瀬さんから大量の「GNNグッズ」が1箱、ユーパックで送られてきました。そこで、皆さんにもお見せできるよう、何とも美しいので、この管理39ギャラリーに掲載します。(2018/10/13) |
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GNNシール GNNネクタイピン GNNキーホルダー GNNキーホルダー(その2) 箱に入っている行動規範を示したカード
「字が小さくって読めねぇッ!」っていう人がいます。ハズキルーペします。
GNN栞 ピカピカで真上から撮るとカメラや手が写る GNNナプキン 韮崎と書いてあるのは、別荘のBar GNNで使うもの。 韮崎にはテニスコートもあり、川瀬研の合宿の場でもありました。 Bar GNN は50年前からあった銀座のアンテのBarに似せて作ったものです。 |
アンテの特別珍品 このクリスタルが入っている箱に書かれた中身の謂れ 東工大の松田武彦先生⇔小笠原暁先生(神戸商大)⇔川瀬武志先生⇔わかちゃん という古い繋がりがあります。 69年のベニスでのIFORS会議への参加に始まり、71年の会計情報システム視察団派遣へと 会計情報システム視察団には東大・会計学の津曲助教授をOR学会の仲間に入れて行きました。 津曲さん、東大教授になって間もなく亡くなりました。 そんな話まで、川瀬のトーチャンと想い出話でした。 75年は東京・京都でIFORS国際会議を開きました。 80年代、90年代はわかちゃんが1人でOR学会海外旅行を担当し、松田先生を団長にして視察団企画をしました。 松田学長が団長の視察団ではわかちゃんが鞄持ちに決まっていました。 IFORSだけでなく、新しく出来たAPORSも、更にはTIMSまで実務家や大学人を連れて回りました。 企業の人は参加費を余計にもらい団長の費用を賄い、さらにお金儲けもさせてもらいました。 そのお金は、国際関係の接待などに有効に使いました。 そういう仕組みをわかちゃんに教えてくれたのが小笠原・川瀬ペアでした。 4日後に思い出しました。70年代だったか80年代だったか定かではありませんが、 松田先生に連れられて銀座のバーに行ったことがありました。 今思うと、「あんて」だったと思います。 今は広尾と言っても、昔のオーム真理教の教団があった脇の道を入って行った奥に引っ越しっしたそうです。
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