管理3期生の情報交換ページ
慶応義塾大学工学部管理工学科
昭和39年(1964)3月卒業

初代学科主任 山内二郎先生( 1898.4.1 - 1984.3.31)
この度、同級生の情報源になると思い掲示板を立ち上げました。2004/5/30
掲示板だけでは寂しいので、だんだんページを増やしてホームページにしました。

パソコンに弱い人がたくさんいるはずです。そういう歳なのです。われわれ全員が電子計算機をさわり続けていたわけではありません。若くして計算機から離れた人は、WINDOWS族ではないのです。

このページでもアンダーラインのある箇所は他のページにジャンプするようになっています。カーソルが指差しマークに変わります。そうしたら、左クリックしてください。リンクしていると言います。

細かい字の駄目な歳になりました。通常より大きな字を使いました。これでも見えない人は、「表示」でフォントサイズを大きくして見て下さい。

お 願 い

メールアドレスが更新されていて、メール連絡のつかなくなる方が多いです。

2010年8月現在、最新のリストを管理してくれているのは濱田洪一君です。

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このページの制作・管理人 若山 邦紘

目 次



理工学部創立75周年記念事業

管理3期同窓会幹事 福川忠昭

 詳細:別ページに


消 息 追加記事
        関根さん訃報(2010/8/2) 
        林さんの元気な様子(2010/9/9)
        佐久間さんのオーディオ話(2010/11/6)
        川瀬さんと義理人情浪花節(2010/11/6)
        師岡さんのCD(2010/12/10)
        恩師の没年(2010/12/12)
        松崎さんのリサイタル案内(2011.9.13)

クラス会のページ

どんぐり会オープン  3/9

ニュース

 中部大学産業経済研究所設立30周年記念研究発表会
    所長 鈴木正慶より (2012/3/9開催)

 管理39専用 新ドメイン登録 
 管理工学科50周年記念フォーラム 
 2007年 林研 講演会 講師 高柳則男
 定年後の出版 浦上忠之
付 録
リンク

しょうすけの甲子園情報

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消 息

浦さんは、永年続けてきた研究会のメンバーを中心に「情報システム学会」を立ち上げることになりました。2005年4月23日に神田学士会館でその設立総会が開かれました。竹並さん(管理2期生・新潟国際情報大学)から連絡を受け、若山も発起人にさせられました。

初代会長にはIBMの北城恪太郎さんが総会で選出されました。多くの管理の同窓生が創立時の役員を務めます。みなさん、会員になってください。インターネットで手続きOKです。簡単、迅速です。

2009年のクラス会には体調を崩されて欠席でした。

  

林さんの近況を濱田君が知らせてくれました。(2010/9/9)

2010/06/12(土)第3回林研OB研究会の動画です。


http://www.youtube.com/watch?v=2VG03qgFGO4

林さん以外で発言しているのは、赤井忠夫君です。

4OB研究会は2010/09/11(土)でした。「消化器癌治療の現状と問題点」という題で、森山記念病院外科部長の本橋英明君です。彼は1986年管理工学科林研を卒業後、東京医科歯科大学に進みました。当日の出席メンバーは、林 喜男先生と赤井忠夫、北村和彦、濱田洪一64年卒)、細田篤志郎66年卒)、関 孝72年卒)、内田直康77年卒)、本橋英明86年卒)、堀 貴子89年卒・敬称略)でした(9/14濱田

私たちの歳の者が集まると、病気の話になります。本橋君の講演は興味深くためになる話だったと聞いています。

  

関根さんも「肺がん」かと入院したところ肺気腫で、助かりました。ほっと胸をなでおろしました。次に、大動脈瘤が発見されこれも手術で全快し、最近は相変わらず長電話してきます。 お医者さんも、何かと質問攻めのうるさい患者で大変だったようです。

それが、今度(2006/7)は結核で入院を余儀なくさせられてしまいました。80近くになってから入院続きです。8月には退院してきました。確かなことは分りませんが、本人の話ではリウマチの薬の副作用で結核菌が増えたのだと言っています。

「日吉は遠い!」と言っていました。前々から知らせてあるのに、この2回とも出てきません。足も弱ったと言っていましたが、電話での話は今も2時間です。車なら拾って乗せて来ますが、都内の駐車場のあるホテルと違って車で来る気がしません。飲めないしね。

10月25日ですが、午後に1時間半の電話がありました。相変わらずの話なのですが「おい、肺がんになってしまった」という話です。こりゃ大変なのですが、その話はそっちのけで、いつもの調子で長話になりました。近いうちに様子を見てきます。(わかやま09/10/25)

今日見てきました。電話の長話は半年に一度か二度やっていますが、しばらく顔を見ていませんでした。顔色はきれいで見るだけでは健康人です。それが「肺がんで小腸(本当は大腸とのことです)にも来ているらしい」と相変わらずでかい声でしゃべりまくっていました。珍しくうちのカミサンと犬も同行したので、関根さん張り切って喋りが止まりません。「これから授業だから学校に行く」といって別れてきました。当面、手術はしないらしいです。(わかやま09/10/27)

2010年6月の末頃です。恒例の長電話なのですが1時間もたたない内にくたびれてしまったようです。息が苦しそうでした。「身体中が痛い」とおっしゃっていました。チョット心配です。(わかやま10/6/末)

「関根さんを偲ぶ会」のページ

  

鷲尾さんは、近年インドに教育に行ってらっしゃるとのことです。インドに10日もいると日本酒と日本料理が恋しくなって帰られます。そうすると、暫くしてまたお出掛けになるということです。われわれが学生時代から日本酒のお好きな先生でした。後輩の加藤豊君が教えてくれました。

今もインドに行かれているそうです。

  

師岡さんは、管理から東海大学の経営工学科に移られました。我々の3期生のある某商事の有名人の息子が推薦で東海大学工学部に入ることになり、経営工学科に進むことになりました。有名人は私に「師岡先生を紹介してくれ」といいました。彼は如何に学校に出ていなかったかがわかってしまいます。

2003年の秋だったと思いますが、師岡さんから「CDを出した」ということで、ありがたく頂いたところ「痴呆の歌」という凄いタイトルにびっくりです。本棚にあったのを思い出しました。

政治も 病も 痴呆の時代
あなた 生まれが地方でしょう
わたし 病が 痴呆なの
ふたり揃って 痴呆では
どうすりゃ いいの
先生 先生!
みんなでかかれば 怖くない
これが チチチ
痴呆の 処方箋!

ついに師岡さんは作詞作曲までやってしまいました。このシングルCDですがご丁寧にカラオケまでついています。

痴呆の歌 をお聴きください

  

佐久間さんは、山内二郎先生が青山学院大学に経営工学科を創設される時に赴任されました。先日(2010/11/4)、松崎さんのフルート・リサイタルが東京オペラシティで開催され、会場でお会いしました。その2日後の関根さんを偲ぶ会にも出席していただきました。面白い名刺をもらいました。趣味のオーディオ・スポットRumbullion(ラムバリオン)佐久間章行と書いてあります。写真がありますがフラメンコ・ダンスだそうです。

それに関連して、2010年6月に「音楽三田会報」に「音キチ人生と塾」を寄稿されました。これを読んでいただけば、どんな音楽ファンであるか、どんなオーディオ・ファンであるかがわかります。

 「音キチ人生と塾」pdf

 

  

川瀬さんはGNN教の教祖様です。GNNとは「義理・人情・浪花節」の頭文字を取った略号です。川瀬さんの教えです。川瀬研のメンバーはこの教えを実践しました。

このロゴはGNNと「人の和」を意味する川瀬さんのマークです。私は関根研のメンバーでしたが、私は川瀬教祖に認められコンサルティングの仕事を手伝いました。このマークをデザインにネクタイピンが作られました。私は川瀬研ではありませんが、功績があるのでこのネクタイピンをもらいました。

 
 大体実物大です。

平成1年にはIEコンサルティングとネットワーク事業を看板に株式会社ジー・エヌ・エヌを設立しました。

http://www.gnn-inc.co.jp/pc/

  

松崎奈岐さんを覚えてますか?2年の時に微分方程式の演習でお世話になりましたが、管理工学科を退職してから東京学芸大学で定年退官まで数学の教授でした。坂元平八さんが2004年4月に亡くなり、秋に開催した追悼会でお会いました。今はフルーティストです。音楽と数学の共通性に面白さを感じておられるようです。今度、コンサートがあるときは掲示板にお知らせを出します。

1984年のクラス会以来、25年ぶりに参加していただきました。われわれが卒業する前に管理の助手を辞められていたので、何十年も会っていない方がいます。

2011年のリサイタルは11月10日(木)です。場所は初台の東京オペラシティ近江楽堂です。チケットの御用はチケット・ピアで扱っています。チラシに電話番号があります。会場はそれほど広くありませんからお早めに。


クリックで拡大

 フルート奏者 松崎 奈岐

  

柳井さん日本OR学会から「普及賞」を授与されました。OR普及の功績に対する表彰です。おめでとうございます。ところが、2005年3月に十何年ぶりに腰が痛くなってただ今検査中です。ヘルニアの再発かもしれません。後日、さっさと2度目の手術をされて、ただ今快調です。

柳井さんは、我々のクラス会には皆勤です。今度、表彰しましょう。

  

恩 師 の 没 年

山内 二郎先生 1984年03月31日 85歳

森   敬先生 1990年02月25日 57歳

高橋吉之助先生 1992年05月13日 72歳

千住 鎮雄先生 2000年09月27日 77歳

坂元 平八先生 2004年04月14日 89歳

伏見多美雄先生 2006年08月23日 78歳

関根 智明先生 2010年08月01日 83歳

  

われわれの同級生、中井 厚君が2009年になって亡くなりました。残念です。

田村道雄君夫人、博子さまの訃報が2011年1月13日に伝えられました。68歳とのことです。ゴルフの会にも参加されましたし、その前の晩の中華街萬珍樓での会食にも出席されました。ご冥福を祈ります。


お通夜に集まった同級生 鎌倉カドキホール(2011・1・15)

土居範久君夫人、治枝さまが1990年に劇症肝炎といわれて入院してから、難病と闘いつづけて21年、63歳の若さで4月20日に亡くなられました。カトリック田園調布教会に於いて27日に葬儀が執り行われました。ご冥福を祈ります。(2011/4/27)

われわれの同級生、荒巻紘一君が3月27日に亡くなられ、故人の遺志で家族葬で4月2日に荼毘に付されたという知らせが師岡研の三善君経由で来ました。昨日、土居君の奥さんを送り出したところなのに、また、訃報です。ちょっと辛いです。(2011/4/28)

  

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ニュース

新ドメイン kanri39.com を登録しました

新URL http://www.kanri39.com/ 

 新サイトを「お気に入り」に保存しておいてください

 

管理工学科創設50周年記念フォーラム

日時:2010年3月13日(土)13:30〜
                  
場所:日吉協生館  藤原記念ホール

管理工学科からのお知らせ(pdf)−

当日、出席された濱田君が3期生の集合写真を送ってくれました。Webmasterの若山は生憎、ゼミの合宿と日程が重なり出席できませんでした。濱田君、有難うございました。

受付で配布された出席予定者は18人だったそうです。増田学科主任の報告では22〜24名でダントツの人数とのことです。

出席者:赤井、岩間、植地、大山、柿沢、亀田、北村、児玉、佐藤邦、佐藤義、芝村、杉崎、田中、土居、濱田、原田賢、福川、松木


フォーラム終了後協生館にて(撮影:林莊祐)


グリーンズ・マルシュ(懇親会場)にて

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林研の新年の勉強会に高柳則男君が「水資源開発」の講演を行います。柿沢君からの知らせです。

日時:平成19年1月18日(木)午後6時から8時頃まで
内容:「水資源の制御・開発・管理」
講師:林先生 & 高柳則男君(日本工営社)
場所:三和コムテック株式会社 会議室
   〒106-0032 東京都港区六本木3-4-3 三和ビル
   http://www.sct.co.jp/company/map.html
   電話:03-3583-2386
当日の連絡先:三和コムテック社長 柿澤晋一郎君

隔月で勉強会を開催しているとのことです。管理39のメンバーなら誰でも参加してください。柿沢社長に連絡してください。

浦上君が引退してから翻訳書を出版しました。「老にして学べば即ち死して朽ちず」という心境のようです。
水嶋康雅・浦上忠之訳「ロジスティックス経営と戦略」ダイヤモンド社,2005
サプライ・ネットワーク時代の必須知識を体系的に解説! こちらをクリック

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リンク

取りあえず並べておきます。順不同です。もう少し増えたりしたら、カテゴリーなど決めて整理整頓します。
何かわれわれに直接関係のある方々のホームページなど情報がありましたら掲示板に書き込んでおいて下さい。

管理工学科のホームページ

林研のホームページ 古いんですって

川瀬さんのコンサルティング会社 GNN Inc.  

関根カンパニー 滑ヌ理工学研究所 
  関根さんが他界されましたのでリンクは外しました。

柿沢晋一郎の会社三和コムテック株式会社

大山忠一の会社光陽産業株式会社


若山邦紘の「ジャズにまつわる話」
  ジャズメンの間で有名になっているジャズサイト、唯一、仕事とは関係ないお遊びのページ

浜田洪一のマイマラソンホームページ 
  フルマラソンを走っています。驚きです。

植地勢作の紙のサイズ 
 
第2日テレの動画サイトに紹介されました。もう、削除されて見られません。内容は「A版は国際サイズ、A0は1平方メール」「B版は幕府の公式文書に使われた美濃紙のサイズでB0は1.5平方メートル、日本だけで通用するサイズ」という解説でした。

鈴木正慶が中部大学にVMSCenter
 
を立ち上げ2009年まで校長を務めました。よっこの校長の間は順調に運営されていたのですが、後任の選定が誤ったようです。1年で放り投げてしまったそうです。新校長のもとで建て直しだそうです。リンクは外すことにしました。

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しょうすけの甲子園情報

高校野球のニュースは管理の4期生、林 莊祐君がいつも知らせてきます。下のメールはしょうすけがくれたメールの一部です。林君がどれだけ情熱を傾けているかがお分かりいただけると思います。

しょうすけは今後もいろいろな情報を送ってきます。すごい量になりそうです。それらを皆さんに伝えるために「しょうすけレポート」のページを作成しました。2008/8/30


2005年4月3日のメール 甲子園選抜で8強まで勝ち上がり準々決勝敗退した日のショースケのメールです

4強ならず、残念無念! ベスト8、よくやった!
思いが交錯する中、すぐ東京へ帰る気力も無く、京都で1泊。
おいしい京の味を口にしながら、でも気分が落ち着くわけも無く、さきほど、帰宅しました。      ▽はやし しょうすけ

準々決勝、対神戸国際大付。
勝負は1回表裏の攻防でした。
取られたら取り返す、この粘りが身上の塾高。なのに、この日は、神戸国際の気力が上回っていた、としか言いようが無い。
大震災10年。地元神戸の球児たちが秘めた思いは強力でした。

1回裏の無得点が誠に痛い。
さらに、序盤の拙攻が大きく響いた。
点差ほどの実力差は、どうにも考えられない。
だから、悔しい。

塾の応援席は、1回戦4000人、2回戦4500人、この日、5000人に増えて、地元神戸勢のスタンドを完全に圧倒。
甲子園球場の売店でさばかれる記念グッズも、「慶應義塾」の名前入りボール、ペナント、携帯ストラップなど、売れ行きは、他校を遥かに上回っている。

45年前の甲子園組は、三たび、アルプススタンドに陣取って、必死の声援を送った。
あと3勝、の願いを込めて、決勝の4日月曜まで、3連泊のつもりで着替えを用意し、東京や全国各地から馳せ参じた先輩たちは少なくなかった。

各社記者、カメラクルーも、TBS、毎日放送、NHK、毎日新聞、朝日新聞、神奈川新聞、スポーツニッポン、ほか、塾応援席に、最後までへばりついたままでした。

試合終了。無念。そばにいた、塾高野球部OB会長の松方君は「涙が出そう」とポツリ。これから選手の宿舎へ行く、と言って去って行った。この元甲子園球児は、現役球児たちに、どのような言葉を投げかけて、この春の甲子園を締めくくったのたのでしょう。

半世紀ぶりの大イベントを、大いに楽しませてもらいました。
今回の戦績を振り返ると、この夏も期待できるし、塾高最強時代を迎える兆しも十分。
神宮の六大学野球も塾の活躍が一層楽しみになってきました。

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2007年10月31日の報告

2007年度第60回秋季関東地区高等学校野球大会

慶應義塾高校野球部は10月31日、宇都宮市で開催中の秋季関東大会で、埼玉県2位の聖望学園に逆転勝ちし、来春センバツ出場を確実にしました。あす決勝は横浜高と神奈川対決です。

▽第2試合 準決勝 開始13時04分・終了15時02分

慶應義塾 000 002 010 3
聖望学園 000 100 000 1
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林 莊祐 はやし・しょうすけ

後日談(2008年4月)

しょうすけの言うとおり、慶応高校は2008年春の選抜に出場することになりました。しかし、1回戦で名も知らない華陵高校とかいう山口の高校にころりとやられてしまいました。

勝ち進めば、またしょうすけの報告メールが届くものと思っていたのに、腰砕けでした。そう、上の試合の聖望学園は決勝まで勝ちあがり、沖縄尚学に負けはしたものの関東勢としては頑張りました。

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2008年8月 夏の甲子園の報告

炎天下、90回記念大会の甲子園開会式。

歴代優勝校の旗も行進。第2回の三色旗。92年前優勝、46年ぶり出場の塾行進。
 
(8月2日、林写す)

対松商学園、勝利後の甲子園スコアボード=8月5日16時00分(林写す)

46年ぶり夏塾歌と塾旗、4対6塾高、初戦快勝、11日対高岡商、必勝

2008年8月11日  第2試合、慶應義塾5−0高岡商、観衆3万
88年ぶり3回戦進出!!歓喜!!  それも1つの通過点。目指せ頂点!!
11日、甲子園 林写す
 
この後、塾高は3回戦の青森山田も突破し、ベスト8まで進みましたが、沖縄「浦添商」に惜敗し涙をのみました。
 (対浦添商)
でも、きょう1日だけは、

「残念無念、くやし〜い」と、心から言わせてほしい。

あすからは、「よくやった」とお互いに、たたえたい。

次の甲子園が待っている。そして、神宮も待っている。

甲子園にて、文・写真とも、林 莊祐

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しょうすけは今後もいろいろな情報を送ってきます。それらを皆さんに伝えるために「しょうすけレポート」のページを作成しました。2008/8/30

 

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